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2011年4月22日金曜日

秘蔵・エロマンガ写真。グルメ編!

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メモリーカード一枚分写真撮ったしね、バヌアツ。
まだまだ写真あります。
ということで、忘れた頃にエロマンガ島。
今回はエロマンガ島グルメ特集!
どんな場所か知っていてもらったほうが楽しめるかも。
グルメ特集といっても、エロマンガ島の場合、
お店はあったらしいけど商品がなく、
私が泊まったゲストハウスで毎日3食。
そして、それがエロマンガ島独自の食事であったかどうか、
各自それぞれで考えてもらえばいいと思うのです。
まあ、過去の記事を見れば答えはおのずと導けると思うのですが。
でも、なかなか知らない国の知らない食事って見れないものね。
楽しんでいただけると、幸い。


ちなみにそのゲストハウスのエントランス。

時系列に沿わないで、画像出てきた順に。

スープ。肉団子とトマト。ご飯。冷えてるけど米は案外うまい。
基本、味はどれも薄い塩味だと思ってもらえるといいです。


チキン味のインスタント麺、ジャガイモと鶏肉。
サラダ風だけどメイン。


ホットケーキというかパンケーキというかパン。ずっしり。


野菜細切れスープとご飯。冷えてたけど米は案外うまい。
ちなみにご飯が盛られた皿にスープを注ぐと「シチュー」と呼ばれるようです。
バヌアツでは割とポピュラーな料理だと思います。綴りはSTEW。


ラプラプ。タンナ島とは微妙に製法が違うらしいですが、
その辺は「酋長登場!/ラプラプ作り」をご参照ください。


この他にもカオリツリーを見に行った時のお弁当や腐った水(!)、猫缶(!)、
食事につくパンや蒸したか煮たかの野菜。
 
パンに塗るバターにカビが生えていたので、指摘すると持って返りました。
次の日にまたカビの生えたバターが出てきたので、
カビだけとって使いました。
人は強くなれる。
お酒もカヴァもありませんでした。
どうもお酒を飲んで喧嘩した人がいるらしく、
ポリスのない島では大事になるので、お酒とか飲まないらしい。
ほんとうにか?隠してないか?
首都ポートビラのあるエファテ島でのイタリア料理とか、
チャイニーズレストランとか、そこそこ美味しかったけどね。
この島の状態から考えると、ほんと猫缶でも贅沢だったわけですよ。
いやほんと嫌味じゃなくてそう思います。
無理して供してくれたんだろうな、と。

詳しくは、「バヌアツ旅行編・目次」で、
どんな場所か知っていてもらったほうがいいかもね。

2008年6月3日火曜日

愛と幻想のエロマンガ。

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エロマンガ島でエロマンガ的な展開が有るなんて思ってもいませんでしたが、
体験したのは日本では感じる事の出来ないエロマンガの現実。
なんか謎な汁とかピシャって飛び散って痙攣しながら気持ち良いなんて事は、
美しい幻想であって、現実にはありえない。


この記事から読み始めた方へ。
バヌアツ旅行編の目次はこちらです。


カオリツリーをガイドしてくれたおばさんは、
私の部屋を訪ねてきて、いかにカオリツリーが蝋燭の代用を果たすのか、
教えてくれたのです。
親切。


親切といえば、バヌアツの人々は、一様に親切。
謎のツアーエージェントP(仮名)は言っていた。
「日本は400ミリオンのお金を出して、バヌアツに道路やインフラを作ってくれた。
だから、日本人はバヌアツを楽しんで行って欲しい」と。
お金の単位も解らないけど、400ミリオン。本当かどうか解らないけど。
1円≒1バヌアツバツ(VT)。計算が簡単。本当かどうか解らないけど。

こういう未来のある南の島の人たちにお金を注ぎ込むのは、良いことなのかもしれない。
確かに、アジア系ギャングが治安を悪化させる中、
日本人にはとても親切でした。

アスファルトの立派な道路と崩れない橋。
ソーラーパワーのある診察所。
人間より長生きするかもしれないTOYOTAの頑丈な車。
ボランティアが医療と英語と近代的生活を教えて、
バヌアツの文化は滅んでいきます。
西洋や日本と同じ生活に馴染めず、ガーデニングと称して村の周辺を歩き回り、
いたづらに花を摘んだり牛を洗ったりして、経済的に貧しくなってゆく人々。
2002年に1500人だった人口が、2006年には7000人にまでなっている、
幾何級数的に子供だけ増やす人々。
エロマンガ的と言えなくもないエロマンガの現実。


でももう、この21世紀に腰ミノと石ヤリの生活には戻れないもんね。
島の外から物資を購入しないと生きていけないんだものね。
なら、お金が必要なんだもの。

バンガローのテラスで「愛と幻想のファシズム」を読んでいると、
一人の見知らぬ青年が近づいてきました。
「島の反対側のipotaに新しいバンガローを始めたんだけど」
そんな風に切り出してきました。
「面白いアクティビテイーも多いし、ロブスターも食べれるよ」
「ここのバンガローはナイスじゃないでしょ?」
「日本人はもっと楽しんで行って欲しいんだよね」
要するに、このバンガローの今後数日の宿泊予約をキャンセルして
自分のバンガローに泊まりにきて欲しいという事を、
他の人のバンガローのテラスで行っているのだ。
信用できない。体裁よく断る。

すると、どこから聞いたのだろう、
私がインターネットの仕事をしていると知っているらしい。
「私はCDを持っていて、私のバンガローの写真が入っている」
「このCDはオーストラリアの観光客が送ってくれたものだ」
「私はパソコンを持っていないから見れないしネットに載せれない」
「CDを味噌maxの家に送るから住所を教えて欲しい」
「インターネットで公開して、日本人の観光客が私のバンガローに・・・」
私は断った。
でも、食い下がってきた。
「インターネットでWebサイトを作成するには、
ドメイン料とWebサーバのホスティング料金、Webデザインも無料じゃない。
私がプロだと知って頼むのなら、料金を請求するよ。
初期費用やWebデザインにウン万VTと年間保守にウン万VTでどうだ?
これでも商用としては格安だけど」
とか言ってみたら、やっと諦めた。


そもそも、そんな一枚しか持ってないようなCD-ROMを送られたって、
高い輸送費も含めて、私には重荷でしかない。

ちなみに、
この国での法律上の最低賃金は50VT。
そりゃ、地井武男でもなきゃ、散歩じゃお金儲からないものね。
そんな彼らに、私は一泊3000VTの宿泊料を払っている。
働かないこの島の人たちにはベラボウな金額かもしれない。


なにやってるんだ、俺?
この場所に、この金額で泊まる事は、彼らの為になっているのか?
薄い生地のムームーの、裸足の人達の村に、
デジカメでiPodでブランド物のブーツやサングラスで村の中を歩き回って、
子供に色鉛筆なんかプレゼントして、
たいしたサービスも受けずに法外ともいえるベラボウな金額の宿泊費を払って、
彼らの文化を侵略してない?
それが観光のつもりなの?
何だっけ、そもそも観光って、
カバを飲んでいるわけでもないのに、頭のどこかが痺れている。


宿には電気も水道も無い。シャワーも無い。
でも、実はインフラは有る。
全部壊れているのだ。
バンガローのオーナーM(仮名)は言う。
「電灯は明日までには直るから」「デジカメもチャージできるから」
「シャワーもホットなの使えるよ」「明日になればね」
それは何一つ実現しなかった。
この村には400人の人口で7軒の店があって、
どの店にも何の商品も無い。
じゃ、直せないよね。
でも、あなたの宿泊料が入れば直せるし、新しいバンガローが建てれるって、
あなたのお金で村の経済が育つって言われても、
旅行客の私に言われても、困るのよ。
私は。


言っておくけど、エロマンガ島に行きたいという人がいても、
私は勧めません。

一番の大きな理由は、何も無いからです。
観光資源が半端に大きな木くらいです。
人には言えないような洞窟くらいです。
美味しいものも、珍しい文化も、絶景も、なにも無いです。

電気も水道も何も無い所に行きたいというのなら、
もっと別のとことも有るよ。

でも「エロマンガに行きたい!」という、
子供の頃の夢を叶えたいというのなら、
私は止めませんし、行くべきだと思います。
それが「大人になる」という事なのかもしれません。


「最後の夜はお別れパーティーで豪勢なディナーだよ。」
Mは言いましたが、食事は日々貧しくなってきました。
最初の頃に出ていた蒸かし芋も、野菜も無くなって、
最後はご飯とスープだけ。
しょうがないものね。
お店に何の商品も並んでいないんだから・・・・

村を散歩している時に見かけたラプラプが、
美味しそうで、美味しそうで・・・


私がエロマンガ島に滞在中、
ヨットで浜辺に乗りつけた観光客が何組かいました。
決まってリタイアした老夫婦。欧州からの。
エロマンガ島で野菜やミネラルウォーターを補給したかったようだけど、
無いと知って、怒ってすぐにヨットで船出する。





エロマンガ島には三泊しました。

数年ぶりの日本人の客が帰った後、
エロマンガ島がどうなったのか、
私はもう気にしない事にしたいです。
観光客が増えても減っても、気にしない。
彼らの文化がどうなっても、気にしない。

Mが何らかの事情でバンガローを営めなくなった時、
エロマンガ島のツーリズムは終わってしまうのか、
ipotaの青年のバンガローが流行るのか、知りません。
ああ、もう、いいや、疲れた。



なぜか色々と頼りにされたけど。
彼らに幸せになって欲しいとか、豊かになって欲しいとか、
独自の文化を取り戻して欲しいとか、向上心を持って欲しいって、
本心から願ったとしても、
私には何もする事は出来ないし、何かをする事が良い事かどうか、
もう解らない。

それこそ何百億円か使い、
エロマンガ島に高度なインフラと教育施設と産業を作り、
無理やり就学就業させてみたらどうだろう。

いや、きっとそういうことじゃないんだ。
資本主義という名のネズミ講の貧乏くじを引かされた場所、人々は、
世界中のいたるところにあって、
どうにかしようというのはもう、夢想でしかない。

だったら願わないのも同じじゃないか。
気にしない。
忘れよう。




バヌアツの首都に戻った私は、
久々に都会的な暮らしに戻りました。

都会的っていっても、シャワーと電気があって、
インターネットカフェがあって、スーパーではワインが買えてってくらいだけれども。

ただし、
ホテルの経営者は100%白人。
商店やレストランのオーナーはずべて中国人か韓国人のアジア系。
走る車はTOYOTAかMITSUBISI。
スーパーで買えるものはオーストラリア産かニュージーランド産。

一歩路地裏に入ると、現地のメラネシアンの貧しい家が立ち並んでいる、メラネシアンの国の首都。
地球幸福度指標一位。
世界で一番幸せな国。


バヌアツを離れ、シドニーへ向かう飛行機の中、
何かから解放されたような自分と、
何かを背負い込んでしまったような自分がいました。



バヌアツ編はこれでおしまい。
面倒くさいし、書いて何かが報われるか疑問。

さて、この辺まで書けば、
私がウルル(エアーズロック)に登らなかった理由、
解りますか?
って前振りで、
次からオーストラリア編(マジで?




それにしても、
旅ってイイですね・・・
やめられません・・・

2008年5月13日火曜日

秘蔵・エロマンガ写真。

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これはバヌアツ共和国を旅した際に立ち寄った(むしろメインイベント)、
エロマンガ島で撮影した写真です。
旅行記の時系列とは関係なく、番外編として載せちゃいます。

引越しで忙しくて、なかなか記事も浮かばない感じです。




何らかの郵政関連施設だと思われる。@ipota。
昼間から村の人々はこの周囲をうろちょろしているようだった。

ERROMANGOの発音はイロマンゴとの説もあるけど、
現地で聞いている限り、どうしても「えろまんが」に聞こえたし、
日本語発音で「えろまんが」って発音しないと通じなかった。
もしくは「えっろまんが」で、最後の「が」は「が」と「お」の間くらいかも。



島に唯一と言う説のあるゲストハウスの部屋。
なぜか一室にベッドが三つ。
カーテンで区切られた薄汚れた部屋にもう一つ。

過去、この部屋に泊まった日本人も幾人いるらしい。



ゲストハウスのテラスから村を撮影。
だいたいがコメントしにくい。
そんな感じだ。
椰子の葉っぱとかを編んで壁にしているような気がする。



青年達は一日電話に行列を作っている。
株の売買とかFX取引ではなさそうだ。
いったいどうやって日銭を稼いでいるのだろうか?

テレホンカード式公衆電話。
購入したカードの番号を入力し、値段の分だけ電話できる形式らしい。

もちろん日本の国際ローミング対応の携帯は使えません。



まあ、何も無いだけあって空気はきれいだ。
遠くから強い雨が近寄ってくるのが見える。

生活用水は煮沸してない雨水。



エロマンガ島の名物Kauri(カオリ)ツリーへの片道約2時間、
こんな崖の上を歩かなきゃいけないです。
落ちたら40mくらい落下確実。

帰りもここ通らなきゃいけないんだなぁと憂鬱になる2時間でした。



島出身だという歌手のカセットテープ(!)のジャケット写真。
ピースサインがいたたましい感じで。
どんな卑猥な歌なのか一度聴いてみたかったけど、
まあ、もう行く機会はないので、この島。


2008年4月16日水曜日

エロマンガのカオリ。

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さて、バヌアツ共和国エロマンガ島に到着。


宿の主M(仮名)は翌朝帰ってきました。
村の名士の老人。
テレホンカード売りと宿の経営が生業。

Mは村の将来を案じていて、
日本人の観光客が沢山来て欲しいので、
楽しんでいって欲しいとの事。
で、インターネットでエロマンガの宣伝をして欲しいとのこと。

illi _| ̄|○ illi

どうして客に頼むのかね、それ。



アクティビティを何か用意するか聞かれたので、
どんなのが有るか聞いてみた。
Kauri(カオリ)ツリーと、洞窟と、くらいなものらしい。

そもそもカオリツリーがどんなものか解らないけど、
珍しい木らしく、エロマンガにしか無い珍しい種類らしい。 本当?
でも、行ってみる事にしました。暇だしw


雇ったガイドは二人。
昼食と水を持ってくれる青年と、英語の達者なおばさん。

英語の達者なおばさんは、これから通過する地域の地主の娘でも有るし、
インテリで海外旅行を数度しているブルジョワジー。
私の北アイルランド訛りの英語でも話しやすいこのおばさんに、
エロマンガ島のことや歴史を色々聞きました。

お互い英語のネイティブスピーカーでもないし、
メモしつつ話を聞いたわけではないので、
正確なアレじゃないかもしれませんが、ご留意を。



片手で荷物を持ち、片手に大きなナイフを持ち、ブッシュを切り開く青年。
島の反対側のIpotaまで、健全な男子なら6時間で行き着けるというこの道。
十数年前、某国の会社が木材を運び出す為に作った道。
現在は木材も無くなり、会社も引き上げ、道も荒れ、
代わりに植えていった松が育ち始めているけど、
もう、森はスポイルされてしまったとの事。

この場合、スポイルってどう訳したらいいのかな。

エロマンガ島には毒の有る昆虫や蛇や怖い獣もいないけど、
そのかわり何も無い。
荒れた土地が有るだけ。
搾取されるだけされた跡が残っているだけ。

土は赤い。
見慣れないくらい赤い。
よく考えないと、どこの星にいるか解らなくなるほど、赤黒い。
ところどころ白い土があって、
昔、現地の人が「私達の肌が赤黒いのは土のせいだ」とか考えて、
白い土を食べた事もあったそうです。

「私は食べなかったけどね」って、おばさんが笑っていましたが・・・



もっと昔、もっと昔。
エロマンガ島は上質な白檀の自生する豊かな島でした。
「部族の争いで負けた人」を食べるのではなく、
食べたいので人を飼育して食べる、なんていう独自な文化があったり (^_^;)

食人なんていうと今の日本では「えー!」って思うかもしれないけど、
そういう文化だったんだし、文化に優劣なんて無いから、
それはそれ。誰も文句は言えない。


ですが、島には人もいて、資源もあって、そこに来る人々もいる。

西洋から宣教師や商人がやってくるようになりました。
宣教師は西洋の価値観と伝染病を持ってきました。
商人は略奪まがいに白檀を伐採していきました。
オーストラリア開拓のための奴隷狩りで健康な人々は連れ去られ、
伝染病で人々が亡くなっても「過去の食人の報い」とされ、
最盛期には一万人はいた島の人口は5%以下まで減少したそうです。
40人の教室で生き残れるの2人以下。
バトルロワイアル並みの生存率。
それが現実のエロマンガ島の歴史。

残った人々では文化の伝承もへったくれもなく。
観光資源も無い、独自の文化も無い、
ただ貧しいだけの島が出来上がったのです。

ただ、荒れた土地と、海辺に小さな村が幾つか。



Wikiのこの辺とかも参考にしてみてください。
2002年にエロマンガ島に訪れた人のサイトによると、
2002年当時の人口が1500人だったらしいです。
Mが言うには、現在は人口7000人位になっていると言う事ですが、
そのほとんどが子供だと言っていました。
2002年以降に産まれた子供達なんだろうね、そういう事は。
確かに村を歩くと小さな子供ばかり。

「この島の人たちは怠け者だから働かないのよ」と、
おばさんは言うけれど・・・

子供達を養う経済的余裕は無さそう。
どうするんだろ。

ボランティアが建てていった学校は有る。
その辺に果物は生えているので飢える事は無さそう。
ただ、それだけ。
一日中、村の中を散歩している。

貴重な観光資源で珍しいらしいカオリツリーも、
往復で5時間も歩いていったのに、
伐採されたり記念に名前を彫られたりで散々。
なにがどう珍しいか、私には解らないので、
大きい木だなぁっていうのが感想。
成人男性が11人いれば手を繋いで囲めるくらいの大きさだそうです。



Mが作ってくれたサンドイッチで昼食。
暑いし道は険しいし、疲れた。
果物アレルギーなんですって言うの忘れたなぁって思いながら、
ペットボトルに入っているレモネードを飲んだのですが、
レモネードに見えたそれは、実はレモネードじゃなくて腐った雨水でした。

これ以降、二週間以上、私は下痢に悩まされる事になります。

カオリツリーの内側は樹脂になっていて、蝋燭に使えるらしいです。



Mは子供達に「ツーリズムとホスピタリティを教えて、観光客を呼ぶ」と言っていました。
何度も何度もMはその事を私に話します。
私はただの客なのに。


この愛らしい人々、目の当たりにすると心配になるのに、
でも私にはなにも出来ない・・・


エロマンガ事情を知れば知るほど、
凹み気味な感じです。
そして、
その後ますます凹んでいく事になります。

2008年4月15日火曜日

エロマンガの夜。

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謎のツアーエージェントPは、
「エロマンガ島ではアッピがホテルに連れて行く」とかのたまわっていたけど、
アッピなんて人はそもそもいないので途方にくれていました。
困る私を見て、エロマンガの空港にたむろしていた人々がなにやら協議をしています。
しかもそれが悪意なく、
私に良かれと思ってしてくれているであろう雰囲気は漂っていたのでした。
現地の人々:「心配するな。この車に乗れ」

よくよく考えても、空港に有るのはTOYOTAのトラック一台と野犬の群れと蠅。
どこかに移動するとしたら、この車に乗らなきゃいけない。
上空から、この近隣に村落が無いことは確認済。
私:「でも、私はアッピのホテルに予約をしているので行かなければいけない」
現地の人々:「アッピじゃないけど、この島に宿泊設備は一つしかないよ。」
私:「へ?マジ?じゃ、この車は、そこも寄る?」
現地の人々:「もちろん!さ、乗れ!」
なんにしても、バヌアツのカスタムビレッジ(伝統的集落)の有る付近を、
一人で出歩くのは命の危険がトラブルが起こりかねないし、危険。
そもそも宿の場所もわからない。
車に載ってその宿泊施設に行くしかない。
もう選択肢はここに残るか行くかしかない。
思い切って知らない人の車に乗せてもらいました。
15分くらいこんな感じの道を走るトラック。



道にそって集落なし。
これから行く集落の為の空港なのかな、
なんて考えていました。

着いたのはUponkgor村。
エロマンガ島随一の大きな村。その村の唯一のゲストハウスが、
エロマンガで唯一つのAccommodationらしい。
(この時点ではそう思っていました)

さて。宿に行くともちろんバナナの葉で出来たキッチン。
部屋はコンクリートのブロックとガラスで出来ているので立派?
ゲストハウスには娘さん一人。お留守番。
「三泊する日本人の味噌maxさんですよね?」と聞かれる。
予約出来てる?
宿の人もアッピを知らないの?
で、アッピって誰だったんだ?

宿の主M(仮名)は明日になれば帰ってくるのでアクティビティも用意できるらしい。
ならば今日は暇。
村の探索でもしようと思いました。



観光客、特にアジア人は珍しいらしく、
道行く人全てが手を振ってきたり、興味津々だったりします。
自己紹介をしてくる人も多かったです。
かならず「日本人?」って聞かれます。
韓国人や中国人はここまで観光に来ないようです。

ゲストハウスのゲストノートの書き込みは9割9分欧米人。
でも、過去数名の日本人らしき名前がありました。

後に聞いたのですが、
M曰く、日本人は本当に数名しか訪れていないとのことですが・・・
はて・・・



Uponkgor村は川の縁に発達した村のようです。
人口400人程とのこと。村民達の主な収入源は「ガーデニング」との事でしたが・・・
平日の昼間から誰も働いている気配は感じられませんでした・・・
農業とか、牧畜じゃなくて、ガーデニングなんですね・・・・

Uponkgorって、どういう発音なんだろう・・・



川で洗濯をしているようですが、水も汲んでいるようです。
昔は井戸が有った形跡が有るので、
ボランティアが掘っていったのでしょう。

でも、今は使えていないようです、井戸。



落書き。
エロマンガ唯一の漫画かも。

何も無いだけあって、空はきれい。
でも、椰子の木が高いので、木の下を歩くときは注意。
椰子の実が落ちて頭に当たったら即死しかねません。
椰子の木の下は歩くなといわれました。




もちろんエロマンガ島だからと言って、
エロマンガらしい展開(謎w)が有るとは思っていませんでしたが、
なんか印象に薄い村。
良くも悪くも、なんにもない貧しいだけの辺境の村(失礼)って感じ。
この時点では、そんな暢気な感想しか浮かびませんでした。
その夜は娘さんが作ってくれた晩御飯を食べ、ぐっすり睡眠。

この日が、エロマンガで最良の日でした。
この日以降は、アレでした。


今後、この村の環境や経済的状況や歴史を知るにつれ、
凹む記述が増えていきますよ。

illi _| ̄|○ illi

2008年4月14日月曜日

夢のエロマンガ島上陸!

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子供の頃、
地図帳を見て「こんな場所、行ってみたいねー!」なんて、
話したことありますよね!

砂漠に行ってみたい。ジャングルを見てみたい。
大都会、極地、秘境、そしてエロマンガ島。

子供の頃の夢が叶う。
素晴らしい事ですよね。
本当にそう思います。

でも、夢は夢であったほうが美しい場合もあります。

私はバヌアツ共和国のエロマンガ島へ行きました。
本当に行ったのですよ。
夢がエロマンガっていうのもアレですが。
検索でこのページに来てくれた人はまず、
バヌアツ旅行記の目次を見てもらっても良いかも。
ここまでの経緯が解ってもらえるかも。


首都ポートビラで偶然知り合った(?)
曖昧なツアーエージェントPに航空チケットと宿を手配してもらい、
見どころ万歳だったタンナ島を離れ、
「地球の歩き方」にすら載っていないエロマンガ島への、
移動日の朝からの話です。



タンナ島の空港で私を待っていたのは、
8人乗りのセスナ機。
8席中1席はパイロット用で、
助手席には運転手のサンドイッチ等の荷物。
最大で6人乗れる感じのセスナ機。




セスナ機は乗客の他に生活物資が載っていて、
一度エロマンガ島の東端Ipota空港に寄り、
搭乗客や荷物の積み下ろし、
目的地のDillons Bay空港へ向かいます。

これがIpota空港。
もちろん滑走路は芝です。

未舗装っていうと将来的には舗装するニュアンスがあると思うので、
非舗装というかなんというか。



なんか現地の人が沢山いて、セスナを見守っています。
観光客が珍しいのか、積荷を待っているのか。
でも、セスナに積める少量の積荷を待つにしては大人数過ぎます。
100人は下らない人がセスナを取り囲んでいました。
ちょっと怖い (^_^;)

再度飛び立って、エロマンガ島上空。
村落は物資の輸送に容易な海岸線沿いに点在しているらしく、
植物以外になにも見えません。


大きな地図で見る


google mapでの上空からの写真を載せておきます。
ジャングルの中、突然現れるゴルフ場のような、
芝生の長方形の土地。



これが先日通過した空港、Dillons Bay空港です。
芝生の滑走路に着陸すると、人もまばら。荷物を降ろす。
うろつく野犬。
十数匹の、みるからに皮膚病や色々な病気を患っている感じの、
汚い野犬。





これが空港の二つ有る建物のうちの一つ。
ちなみに、もう一つは、トイレ。

この写真は空港のロビー。




やたら蠅がいました。身体に留まりまくる蠅。
トイレはもっと酷いので、写真を撮る気にもなりませんでした。
世界の果てのような、暗黒と蠅と異臭が支配するトイレ。
囲いが有るだけマシなのかもしれませんが、
とても凹みました。

さて、ツアーエージェントPが話していたアッピを待っていると、
その辺にいた男性達が話しかけてきました。
現地の人々:「観光?」
私:「そうです」
現地の人々:「宿泊先は?知り合いがいるの?」
私:「宿の名前は解らない。アッピを待っている」
現地の人々:「アッピ?だれ?みんな、そんな人知らないよ。」

さあ、いきなりピンチだw




困ったワン。




2008年3月26日水曜日

~ バヌアツ旅行編・目次 ~

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2006年9月21日から10月19日まで、
私はバヌアツ共和国とオーストラリアを旅行しました。
バヌアツ共和国は9月21日から10月6日まで。
大変意義深い、そして色々な意味で大変な旅行でした。


ブログの形式上、記事を分けています。
見やすいように目次形式にまとめてみました。

1)バヌアツの首都ポートビラ・その1
2)バヌアツの首都ポートビラ・その2
3)怪しいツアーデスク / エファテ島一周
4)タンナ島到着 / びっくりするほどメラネシアン!
5)君はジャングルで眠った事があるか? / 部族の踊り
6)酋長登場! / ラプラプ作り
7)ヤスール火山がドッカーン!!
8)ラナケルの街 / カヴァ体験
9)夢のエロマンガ島上陸!
10)エロマンガの夜。
11)エロマンガのカオリ。
12)愛と幻想のエロマンガ

番外編
秘蔵・エロマンガ写真。グルメ編!
記事中で使用した写真は、
その部族の人などに掲載の許可を取ってあります。
もちろん著作権等のアレよろしく。